昭和52年07月10日 月次祭
昔関の五本松という、流行り歌が流行った時分がございましたね、関の岬に灯台あれど、恋の闇路は照らさしゃせん、いかにそこに大きな灯台があっても、恋の闇路はあぁ照らさないとこういう、こう言う事はこういう光ではダメだと、こういうおかげはこういう信心ではダメだと、信心を真と言う事を言うけれども、一口に言えば信心の真だけれども、それも色々様々だと言う事です。
この前はあの手でおかげを頂いたから、今度も矢張りあの手を覚えてさえおけば、おかげが受けられると言う事ではない、様々まちまちだと言う訳です。今日は以前秋永先生のお導きで、福岡から参ってみえました。あれはなんとか、古川さんご主人が大変な病気で、一生懸命にお願いをなさった、それ前に一人娘さんが、服毒自殺を計りなさった。もうそれも普通で言うならばこの内臓がぐちゃぐちゃになるような、激しいです。
ので医者は当然「もうダメだ」と言うて、言われてあぁ慌てておられる所に秋永先生が行き合せなさって、「そげなこつがあるものか、とにかく電話ででも良いから、早く合楽にお願いに行きなさい」と、言われて「電話では」と言うのでそのご主人と、奥さんと二人であの自動車を借ってここにお願いにみえました、もう医者が助からんて言うとったのが、助かったそれからもう間もなくでしたけれども、そのお父さんというのがもう、愈々助からないと言う様な病気に掛られた。
そこでもう一生懸命その、お母さん日参をされましてね、不思議なその信心のしぶりであった。特級酒を一本お供えになった、明くる日は二本持ってきなさったその明くる日は四本持ってきなさった、その明くる日は八本持ってきなさる。その次には十六本持ってきなさる、もうそれこそあの時分にお参りがやっぱ大部続いて、とにかく何百本だったでしょうが、ここにもうとにかくお酒の山を積むほどしの、言うならばお供えをして、一生懸命のご信心が出けたわけ、あんなのももう本当に珍しいですね。
非常に苦しんでおられたお父さんが非常に楽になられて、これでおかげ頂くかに見えたんですけれども結局は亡くなられた、けれどもその亡くなられる具合の、その素晴らしかった事、またもうそのもう平生のような、その表情で言わば安らかなお国替えであった、でもこれだけでもおかげを受けておると言う事が分かると言うて、まあお礼参拝をされたんですけども、その後お参りがとだえておりましたら。
今度もう親戚以上のお付き合いという方のお母さんが、胃癌でもう医者から胃癌ではない、何とか癌で助からんと言うて、言う事であって、でそこの娘さんを同道して、お参りをされて、それが今日今朝からお礼に出てみえたんですけども、もう不思議な不思議なおかげを頂いて、只々医者がたまがってしもうておると言う様なおかげを頂いて、昨日退院のおかげを頂いたと言うてお礼参拝があった。
これはこの前の月次祭ですか、今日もお参りになっとるかも知れません、日田の坂本さんのお導きでお参りをして来た、丁度ここに八時に着くようにお参りをしてまいりますから、あちらをまあ七時過ぎに出られるでしょうかね、丁度夕方頃日田からここまでの、道のりというものが、丁度夕方の暑い時のドライブコースにもって来い、これは丸っきりドライブに行きよるごとある。
この次も一遍連れて参ってくれと言う程度のお参りであった、お月次祭が進んでそれから段々、お祭が済んでお説教その方は日に何回か体に、そこここがもう大変痛むという、まあ不思議な病気の方です。所がここでお話しを頂いておられる時にです、私が段々お話しを致しますと、「ね」と言う事を使うでしょうが、ね、「こうこうです、ね、だから」と言うてこう「ね」という言葉を使った時にです。
その方がその「ね」というのがね、自分自身に言われたような気がした、途端に体が痺れるようにあったと言う事です、それっきり痛みが止まってしまっておる、「なら早参らにゃ早うお礼参りしとかにゃまた痛むごつなるよ」と言うて、という話を二・三日前聞いたんです大したこってすね、私の「ね」だけで助かってある(笑)「ね」っち、どうですか、目が開いたっち言う(笑)
本当にまあどう言う事が、おかげのキッカケになるやら分かりませんですねと言うて、ならこうしたからおかげになるとか、ならこの手前はこういう手でおかげを頂いたから、今度もその手でという訳にはいかない。昨日は久留米の、西原教会の田中先生が、御本部の偉い先生を、同道で御参拝丁度梅の実会があっておりましたけれども、もう終わりに近い頃でしたから、御無礼して応接間で若先生と二人で合わせて頂いて、まあ色々とまあ求められるままにお話しをさして頂いたんですけれども。
とにかく私のまあ考えでは、今のお道の信心の、そのあり方と言うかねその人間心、ね、人間の知恵で何とか今の教団を盛り返さにゃいかん、元の勢いにしなければならない、もう何年後には、百年祭という記念の大きなお年柄に向かって、色々と信心の工夫がされておる「御取次成就信心生活運動新発足」と言う事の内容を、あらゆる角度からまあ検討されておるのでございます。
昨日の新聞にあちらの教徒新聞に、教団を展望するという大きな会が御本部で三つもたれた、その時に出ておるお話しというものを、こうあらなければならんこうしたらどうだろうかというのが、沢山出ておりますから、今日は研修の時に皆にそれを読んでもろうて、皆がどう思うかと、本当に生きた神様が働きなさらなきゃおられないといったような思いつきと言うか、そういう手立てを考えておる人が一人にもないと言う事、もうどの一言でも合楽で言うたら、もうとにかく合楽の修行生であるならば。
それを言わんでからこう目を合わせて、まあ笑っておった。何故笑っておるかと言うと、そう言う事では助からんのだとこういうのです、で私その先生に「どうですか最近御本部の方の景気は」っち私が、こりゃもう根が商売人ですけん、どうも商売人言葉が先に出てですね(笑、「どうですか儲かりますか」と言う様な事が先に出るんです「こん頃はどうですか御本部の方の御景気は」っち私が申しましたら「それがもうとにかく百年祭に向かって色々やっております、もう躍起になっておるというが実情です。」
とこう言われる躍起に、躍起になっておる、それでいてあの手この手と言うか、様々なあぁその事が話題になって、それを実行したらどうかという話しになっておりますけれども、私がねそう言う事ではね、言うなら人間が持つ力というものはこれだけしか持てないんだと、これはどうでも人力に見切りをつけなければいけませんよ、教団全体がそしてもう神力に縋らなければいけませんよと、そこから自ずと湧いて来る人力は、もう限りない力という言う様な力がモリモリと生き生きとして現れてくるもんだ。
人力に見切りをつけて、神力に縋れ人力自ずから湧くという、これは私がもう先年ぐらいに頂いた御教えなんです、ですからその人力に見切りをつけると言う事、そして言うなら神様任せ、神様の心を分かり、お心に沿うて行こうとする、姿勢をまず作らなければいけない。それにはまず神様の心を分からなきゃいけない、人間の知恵力で、例えばこれだけの事しか出来ませんけれども、神様が御発動まします発動が始まると、そこには人間の知恵力ではね、とてもとても及びもせんが。
夢にも思わなかった様なおかげが展開してくるんだと、現在ここから南米に布教しております、末永という先生のお話を致しました。あちらへ行って三日目だったか、隣の方が朝やってみえて、「昨日はここのモーターのスイッチを切ってなかったじゃないですか」と、「ずうっと一晩中モーターの音がしたが」と、所が実際そこにはモーターもなんもないのに、モーターの音がしたと隣の人が言われるのを聞いて、末永先生が直感した、はぁ神様の発動がこの南米にも起こるんだなと思うた。
神様の御発動が始まった、さあそれから一週間ばっかりしてからのその、なら現在に続いておる神様の御発動というものは、もうそれこそ凄まじいまでの、おかげがたっておる。ですから若先生に「ちょっとあちらから来ておる手紙を持って先生方にお見せしてごらん」と言うて、手紙をあのあちらから来た、のを全部纏めておりますのをこう見せた所が、二人の先生方がパラパラパラパラとこうやって捲って、内容を読もうとされないのに私はもう驚いてしもうた。
こりゃぁもう自分のごと、自分の気持ちと人の気持ちというのはこんなに違うから、どんなにほんなことでも一緒、どんなに言うてもこりゃ言うたってダメだな、夕べ昨日もそれが寂しゅうして寂しゅうしてたまらなかったです、いかに教団に合楽のなら信心を打ち足れて、手本を見せ言うならこの様子を見てもろうて、そして私はそのためにはこういう信心させて頂いておりますと言うてもです、それを見向こうともそれにしないならば、これはいつの事に、教団のいや「中に入って広める」と神様が仰る。
合楽理念の言うならば、合楽示現活動、と言う事もです、これはいつの事か分からんような気が致しました。「そげな事しないで。ちょっとようと読んでんの」っち、まあ言いたいごとあるけれどもですね、もうそれこそ一通の手紙でも、それを静聴したならばです、もうそれこそ感動が起こらないはずはないほどしの内容が書いてあるにも関わらず、それをパラパラパラっとこうやって捲られただけでした。
まあ残念と言えば残念、寂しいと言えば寂しい、これが今の教団の信心の姿だろうかと言う事を、新聞を見ながら思い、そしてその事にあたって、そんな感を愈々深う致しました。そして言われる事がです、「その神様の御発動っち言うなら、ならどこにスイッチがありますか?」と言われるんです。「さあそこにありますよ、と言うては教えられん」って私は申しました。これはまあ先に聞いて頂いたように、私のね「ね」と言うだけででも助かる人があるんですもの。
それこそ千本万本お酒のお供えをしたからと言うても、助からない人もあるんだもの。昨日一昨日でしたか、久留米の今村さんが、朝毎日ご夫婦で参られます、ここの数子先生の両親です。お父さんと二人で話して、元去年頃まで食堂をしておられた、それを止められて、今日に至っております。で食堂しておる時分に使っておった、冷蔵庫が買うたばっかりでまだ新しゅうしとるけん、「あれば合楽で使うて頂こうか」っち言うて、主人に話したそしたら、主人も「うんそりゃ良かね」と。
家で使ってないのだから「合楽に持って行けば何か御用に使うて頂くじゃろう」っち、言うておる所へ、その自分の前へスーっと入って来た車が、ね、そのナンバーを見た、そしたら「4150」という番号がついとった。ね、4150じゃからこれは「ヨイゴレイ」と言う事になる、言うなら「良い御礼」と言う事、はぁこれはもう使ってもらおう、これはいらんけん使ってもらおうと言った様なものではなくて、これを御礼の印にお供えさせて頂こうと、夫婦でまあ話して来たと言う。
昨日一昨日冷蔵庫持って来た。所が昨日なんです、それこそ人間の運命というものはいつどげな風になるじゃ分からんと言うですがね、数子さんの姉さんが、大牟田の岩田屋に長年もう何十年勤めておる、調理士で特別の扱いを受けて、相当な給料も取ってその姉さんが、今、今の今村さん所の生活を見ておるわけ。ね、所が昨日ですその姉さんが帰って来てからね、今までは私のあっそれでまあ両親を、もう私も一緒にこう生活してきたけれども、これからどうか考えてもらわなきゃならんと言う事で。
その兄さんやら弟さんやらがおるけん、それに話しをした相談をした、そしたらまああぁ兄弟とも「なら俺が見るのお前が見るの」と言った様な色々話があった。でその事を昨日お届けがあったんです「だから誰が見るの見らんのじゃないよ」と「神様に見てもらいなさい、そげなことは誰が見てくれようが、くれまいが問題にしなさんな」って、「そん時はそん時のちゃんとお繰り合わせを頂く、そん為こうやって毎日熱心な信心しよるじゃない、そんな心配しなさんな」と言うて帰しました。
そしたらあの今朝方からですね、朝参って昼の信行に通うて来ます、バスの中でねその息子達の事を、ふっとその思うまいと思うけれども、なんか心の中にその頂けないものがあってね、まあ不平不足に思うた、と思いながらまあウトウトとバスの中で眠ってしもうた途端にです頂いたのが、大きな建物がそれこそ音を立てて崩れる様子を見て、それこそはっとしたと言うのです、今日のあれに出てますですね昼のあれに。子供に対する不平不足を思うたと、折角のここがおかげがここに打ち立てられておっても。
その不平やら不足やら、腹立ちというものは、おかげをそれこそ音を立てて崩れるようなことですから、お互い一つ大いに反省させてもろうて、本当にああ言う事をお願いしよるけども、こう言う事で崩れて行きよるとじゃろう、こういうおかげを頂きよるけれども、自分のこれがおかげを頂けん元じゃろうと言う事をです、言うなら不平不足やら腹立ちやらが壊しておると言う事になったら、大変な事ですよね。
しかし大した事じゃあれは今度ここの言うなら教典のようなもの、合楽の合楽の聖書のようなものが、こんど十年間にお話した分が全部まとめられて、このバイブル型に、こんなに厚い本が出けます。その中に久留米の今村アサエさんという名前が出てくるんです。だから今日は、あの名前書いたらいかんのじゃないかと言うて、今日西岡先生と相談したんだけれども、どうもやっぱりどこどこの誰々さんという風に、それが悪い事ならまあ匿名と言う事もあるけれども。
おかげを受けた話だから、やっぱりその実名を出した方がいいでしょうと言う事になったんです。だからもうこれが合楽のある限り、今村アサエさんが出てくるわけですよね。うん、それから今晩また夫婦で参ってみえて、今のお届なんですけれども、「先生もう広大なおかげを頂きました」っち「昨日はあげん言うてお願いさして頂いておりました娘のことが、」その当時、こちらの久留米の岩田屋にと言う事もあったけれども、岩田屋ではもう人間がいっぱいだから、あぁそのいらんと言う事であった。
しかも普通のただ女定員さんと言う様なもんじゃなくて、特別な技術を持っておるのですから、ね、と言うた所が、今日連絡があってから、久留米の岩田屋からそういうその調理士の資格を持っておるその人をを採用するという、通知が今日まあ午後からでしょうね、今のお届ですからあったとこう言うのです。おかげを頂く言うならば、神様が御発動ましますような言うならば、そのボタンと言うかスイッチが、どこにありますかと本部の先生は聞かれた。
聞くも聞くまあ私も答えるも答える、そういう神様の御発動を頂けれるような発動が、ちょいとした一口で教えられるもんかいと言うのじゃなくて、そこにありますよと教えられる様なものではないと言う事なんだ。その為にはいわゆる絶対の助かりの理念と言われる、合楽理念を本気でマスターさせて頂いておる内にです、こういう時にはこう言うて、こういう時にはこういう風におかげを頂いて行くという、言うなら会得も体得も出けて行くのである。そこの所のおかげを頂かなければならない。
人知人力ではそれだけの事、今の御本部でその人知人力をフルに使うて、それこそもうそれこそそれに今没頭しておられるけれども、神様のお働きに乗っての没頭、神様の本当に、おかげの頂けれる信心に乗っておっての没頭でなからなければ、いわゆる神様が御発動まします様なおかげになって来ない。神の発動これはもう凄まじい、今合楽で起きておる働きは神様の御発動があっておるのです、それにお互い便乗させて頂くのです。今村さんのお話じゃないですけれども、ね。
一昨日からそして昨日、そして今日に現れておる所の、おかげ例えばお供えを一つさせて頂くでもこれが良い、本当に日頃おかげを頂いておる良い御礼のためにというその思いがね、夫婦の間にパァーッときた。それを神様がお礼として、受けとっておって下さるかのようにその翌日、翌日にはそういう困った問題に、なり掛って来たんだけれども、それこそ不平不足に思うわずには折れない様な事になって来たんだけれども、その不平不足ども言いどもしなさんな、神様にお任せしなさいと言う所からね。
もう本当親先生が仰る通りたいという気持ちにならせて頂いたら、手の平を返すようなおかげの展開になってきた。お互い一つおかげの頂けない、おかげを頂きたいそれを例えば、この夏の一月間の夏期信行に懸けるという人もあります。ですから問題はその懸け具合なんです、そういう人が色々あります。十年祭に懸けておる人があります、今度の御本部参拝には、どうでも一家中で御本部参拝がしたいという願いを懸けておられる方もあります。記念祭にはこれこれの御用もさして頂きたい。
記念祭にはどうでも五人の導きだけはさして貰いたい、記念祭までにはこういう神様のお喜び頂けれる信者を十名はお供えさして頂きたいと言う様に、それぞれの願いとそしてそれに伴う所のね、働きというものが起こって来なければなりません。ただ願うただけでは出来ない。そして後で分かる事これは自分の一心と、成程これは神様が喜んで下さる事だったからおかげになったと言う様な事をね、これは私の信者時代に、例えばどんなに難儀で困っておる、それこそ御初穂に事欠くような時でありましてもです。
御本部参拝と御大祭という時には、ちゃっと御祭典費もお供えも御初穂も出けた、御本部参拝と言やもうギリギリの所で、いつもおかげを頂いた。そしてそれを考えたこれは御本部参拝とか、または御大祭に御用をさしてもらうと言う事が、神様の御心にかなうから、お喜び頂ける事だからおかげを頂くんです。自分が地団太踏んでお願いをしておる事を良く良く検討してみたら。
あまりにも神様に喜びになさる事と繋がっていないのだ、と言う様な事がはっきり分かってきた。だから私の生活の全部がです、神様にお喜び頂けるような、全部にならせて頂いてです、そして願わせて頂こうと言う事になって、起こったの、成り行きを大事にする、どう言う事が起こって来てもそれを、神様が私に求め給う所の、修行であるという受け方をさして頂こうと言う事がです。
もうがっちり神様の心とこう一つになる、交流するほどしの大変なものであったと言う事をその修行をさして頂くようになって、四年半ぶりに初めてはっきり分かった。そしてそれが言うならば合楽理念の芯にもなっておる様な、事で御座います、だからいかに願っても頼んでもです、神様がお喜び頂けれる、神様の心に通うと言う様な、所を芯にしての願いでなからなければならない。
そこにおかげを頂いてから、ただおかげを頂いたと言う事じゃなくて、神様がこういう願いならば必ず聞いて下さると言った様な、必ず聞いて下さると言った様な体験を、次から次とこういう時にはあの手で、こういう時にはという私は体験を積んで行くと言う事がです、愈々信心のお育てを頂いて行きよると言う事ではなかろうか。神も喜び金光大神も喜び、氏子も喜びと仰せられるのは、そういうおかげを私共が頂けるようになった時であると私は思います。
どうぞ。